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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2091号 判決

被控訴人 第三信用組合 被控訴人

事実

被控訴人(一審原告勝訴)第三信用組合は請求原因として、被控訴人は昭和三十年八月一日訴外舟久保孫道と、貸付極度金五百万円、取引期間昭和三十年八月一日から翌年八月九日まで、利息損害金を何れも百円につき一日金五銭の割合との約旨で手形貸付契約を締結したが、その際控訴人佐久間皆男、同天沼熊吉は被控訴人に対して、右契約に基いて右舟久保が被控訴人に対して負担する将来の一切の債務について、連帯保証の責に任ずることを約した。すなわち、控訴人等は訴外舟久保と被控訴人の手形取引契約により舟久保の負担する債務につき連帯保証をする趣旨で手形取引約定書用紙の連帯保証人欄に署名押印し、これを舟久保に交付し被控訴人との間の貸付極度額、取引期間、支払方法等契約内容の取極めについては舟久保に一任し、舟久保は控訴人等の代理人として適法な代理権に基いて右保証契約を締結したものである。

ところで被控訴人は訴外舟久保に対し、前記約定に基き金四百六十万円を貸与したが、舟久保は内金二百万円を弁済したのみでその余の支払をしない。よつて被控訴人は連帯保証人たる控訴人等に対し、連帯して貸金合計金二百六十万円及びこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求める、と主張した。

控訴人佐久間皆男、同天沼熊吉は、訴外舟久保の懇請を容れて、取引期間欄、貸付極度額、借主欄等各空欄の手形取引約定書用紙の連帯保証人欄に各署名押印をして訴外舟久保に手交したことはあるが、被控訴人に対し、訴外舟久保個人の債務のために連帯保証をすることを約したことはない、と主張しその事情を次のとおり述べた。すなわち、訴外日暮美治と訴外舟久保孫道は、同人等が戦前不動貯蓄銀行の下級職員時代同僚として、勤務していたことから爾来親交を続けてきたものであるが、昭和三十年初頃舟久保が山梨県吉田市で事業に失敗して東京に出てくるや、日暮が被控訴組合の神田支店長であるのを奇貨とし、両名相謀り、本件連帯保証の数ケ月前たる昭和三十年三月頃以来全然営業をしていない訴外五葉繊維工業有限会社の運転資金名義をもつて、日暮は被控訴組合の神田支店長として舟久保に不正融資を続けていたものである。ところが、同年七月頃から舟久保えの貸越が増加するに及び、被控訴組合内部でこれが問題となつてきたので、日暮は慌てて貸越金につき保証人を立てることを要求したのである。従つて、本件手形取引は新規の手形取引ででなく、従来の舟久保個人との手形取引の延長にすぎず、日暮と舟久保の話合で従来の舟久保に対する貸越金につき組合に対する説明を通りやすくするために、単に形式を整えるためのものであつたのである。しかし、この実情をそのまま告げたのでは控訴人両名において応ずる筈がないので、舟久保は控訴人両名に対し五葉貿易株式会社を設立して、既製服の月賦販売をするのが有利であるから、控訴人佐久間を代表取締役、控訴人天沼を取締役とし、舟久保自身は会社の営業資金面を担当することにしようと申入れて控訴人両名の同意を得た上、先ず被控訴組合より営業資金を借入れる必要があるといつて、恰かも右会社と被控訴組合が手形取引を開始するにつき、右会社のために交渉するものの如く装い、五葉貿易の代表取締役社長である控訴人佐久間皆男個人に、被控訴組合の印刷した極度額も取引期間も記入のない手形取引約定書用紙の連帯保証人の欄に署名押印をさせ、更に控訴人佐久間から控訴人天沼に右の事情を告げさせて、その用紙を廻させたので、控訴人天沼もこれを信じ自己の通称である天沼雄吉と署名し押印した上これを控訴人佐久間に返したものである。若し控訴人天沼が舟久保個人として手形取引の連帯保証をすることを求められ、これを承諾して手形に署名する場合であれば本名である天沼熊吉と署名する筈である。これを要するに、控訴人両名は訴外舟久保が個人として被控訴組合と手形取引をするにつき連帯保証をする権限を右舟久保に与えたものではないのである、と抗争した。

理由

証拠によると、昭和三十年八月十日被控訴組合から舟久保孫道に対して期間を昭和三十年八月十日から翌年八月九日まで、貸付極度額を金五百万円と定めて手形貸付をする旨の契約を締結したことが認められる。

そこで、控訴人等が右手形貸付契約による舟久保の債務につき連帯保証の責に任ずべきことを約したかどうかについて考えるのに、証拠を綜合すると次の事実が認められる。

すなわち、訴外舟久保孫道と被控訴組合神田支店長日暮美治とはかつて不動貯蓄銀行に同僚として勤務していた関係上かねてから知合の間柄であつた。そこで舟久保は昭和三十年三月頃日暮美治に対し、舟久保の経営している訴外五葉繊維工業有限会社の運転資金に充てるため、被控訴組合よりの金融方を依頼したところ、日暮もこれを承諾し、その頃から被控訴組合神田支店は手形貸付の方法を以て舟久保個人に貸付をしてきた。もつとも、最初のうちは舟久保の被控訴組合に対する預金の範囲内において貸出をしていたが、漸く被控訴組合の貸越となり、貸越の場合は保証人を要する立前から、日暮は昭和三十年八月頃舟久保に対して保証人を立てることを強く要望し、保証人がなければ爾後取引を継続することはできない旨を申入れた。

一方これより先、控訴人等は舟久保の勧誘により同人と共に昭和三十年五月二十五日頃繊維類の販売を目的とする五葉貿易株式会社を設立し、控訴人佐久間が代表取締役となり、控訴人天沼が取締役となつたが、舟久保は従前から自己の経営する五葉繊維工業有限会社の第二会社を設立したと世間から疑われる虞があるというので、右五葉貿易株式会社の役員にはならなかつた。しかし、舟久保は事実上右五葉貿易株式会社の実権者としてこの会社の資金調達その他事業全般の運営を主宰し、控訴人等は自ら出社して事業に関与することも稀であつて、殆んど名目上の役員に過ぎなかつた。

ところで、昭和三十年八月初頃舟久保は控訴人等に対し、右五葉貿易株式会社の運転資金獲得のため被控訴組合との間に手形取引をしたいから連帯保証人になつて欲しいと申入れ、取引期間欄、貸付極度額欄及び借主欄等各空欄の手形取引約定書用紙の連帯保証人欄に署名押印を求めたところ、控訴人等は舟久保が右会社の営業資金獲得のため控訴組合と手形貸付契約を締結するものと信じてその連帯保証人欄に控訴人佐久間は記名し、控訴人天沼はその通称「天沼雄吉」と署名し、各その名下に認印を押して右約定書を舟久保に手交した。舟久保は同年八月十日頃右の書面を被控訴組合神田支店に特参し、同支店において同支店長日暮美治と交渉の上右約定書の借主欄に自己の署名押印をなし、その取引期間欄に昭和三十年八月十日より昭和三十一年八月九日まで、貸付極度額欄に金五百万円と各記入したが、連帯保証人欄の控訴人等名下の印影が何れの認印であつたため実印を押すよう要求されたので、その後間もなく控訴人等が先に押捺した右約定書の認印の印影の下部に改めて控訴人等の実印が押捺され、それが控訴人等の印鑑証明とともに被控訴組合神田支店に差入れられた。

以上の事案が認められる。控訴人等は何れも、右約定書に押された実印は控訴人自ら押したものでなく、五葉貿易株式会社の金庫に保管されていた実印を舟久保が勝手に押したものであるかのような供述をし、また右約定書に添付された印鑑証明書も他の目的に使用するため舟久保に渡したのがほしいままに流用されたものであるかのように供述するけれども、実印を大切に扱うことを通例とする世上一般の風習からみて、それを他人が勝手に使うことができるような状態のままに放置するが如きことは、特段の事情のない限り、容易に首肯し難いところであつて、控訴人等の右供述部分はたやすく信用することができない。他に的確な反証のない本件の場合においては、右の実印は控訴人等の各意思に基いて押捺されたものであり、また前認定の事実関係からみて、右実印の押された当時には既に前記約定書には借主の氏名契約内容等が記入されていたもの、そして控訴人等の印鑑証明書も右約定書に添えるために舟久保を介して被控訴人に手交されたものと認めるのを相当とする。

なお控訴人等は、前記五葉貿易株式会社を借主として同会社と被控訴人との間に成立すべき手形貸付契約による債務につき連帯保証をする趣旨で前記約定書に署名または記名押印したものであつて、舟久保個人を主債務者とする手形貸付契約に関するものでない旨を強調するけれども、既に認定したとおり右会社は舟久保が事実上の実権者としてこれを主宰し営業資金の調達、業務の運営などすべてを支配していたのであつて、控訴人等においても当面の関心事は会社の営業資金の入手そのものにほかならず、その資金の借入名義人が会社であるか舟久保個人であるかについて、それほど重きをおいていたものとは認められないのみならず、証拠によると、当時右会社自身が借主として手形貸付契約の当事者となり得るほどの資力信用をもつていたものとは認められず、むしろ同会社の営業資金も舟久保個人の名義で借入れるほかはなかつた消息が窺い得られなくはない。

以上の認定に徴すると、控訴人等は五葉貿易株式会社の営業資金を得るため、舟久保が被控訴人との間に手形貸付契約を締結するについて、この契約により将来舟久保の負担すべき債務につき連帯保証をする趣旨で前記約定書の連帯保証人欄に署名または記名押印し、且つ取引期間、貸付極度額等の取決めは舟久保を信頼し、同人に一任して右の書類を同人に交付し、よつて同人は被控訴人との間に控訴人等を連帯保証人とする前記手形貸付契約を結ぶに至つたものと認められる。してみると、本件保証契約は有効であつて、控訴人等は被控訴人に対し連帯保証人としての責を免れ得ないものというべきである。舟久保が右契約による被控訴人からの借入金のすべてを五葉貿易株式会社の営業資金に充てたかどうかについては、これを確認するに足る資料はないが、仮りにその借入金の一部を五葉貿易株式会社の営業資金以外に使用したとしても、それは舟久保と控訴人等との内部的な問題であつて、貸主である被控訴人に対する舟久保及び控訴人等の責任に影響を及ぼすものではない。

しかして、証拠によると、被控訴人が訴外舟久保との前記手形貸付契約に基き、同人に対し金四百六十万円を貸与したが、右舟久保は内金二百万円を弁済したのみでその余の支払をしていないことが認められる。

控訴人等は、被控訴人の舟久保に対する右貸付は金融機関としての通常の貸付方法によらない不正融資であつて、控訴人等の連帯保証の範囲外のものであると主張するが、舟久保に対する貸付を担当した被控訴組合の神田支店長日暮美治と舟久保とがかねてから懇意の間柄であつたことは前に認定したとおりであつて、かかる事情のために舟久保の資力信用状態、あるいは貸付けるべき金員の使途などの事前調査について多少慎重を欠く憾みがあつたにしても、それは被控訴組合内部において貸付担当者の責任問題を生ずるのは格別、貸借の効力に影響を及ぼすものではなく、また舟久保を信頼し、同人が前記会社の営業資金獲得のため被控訴人から融資を受けるについて連帯保証をした控訴人等の保証責任に影響を及ぼすものともいえない。

以上のとおりであるから、前記金二百六十万円及びこれに対する完済に至るまで約定による遅延損害金を控訴人等に連帯して支払を求める被控訴人の請求は理由がある。これと結論を同じくする原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。

(註、本判決変更とあるは、被控訴人が当審において請求金額を減縮したことによる。)

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